デス・オーバチュア
第206話「常世の国のアリス」



広く白い部屋。
白を基調とした高級で上品な室内の飾りつけで、いかにも『お城』の一室といった感じの部屋に、一人の修道女と幼い少女が居た。
「〜〜〜♪」
修道女と少女が向き合って座っているテーブルの上で、身長30センチぐらいの『人形』が踊っている。
人形は金髪で、フリルやレースの多い黒のドレスを着ていた。
「うむ、流石、先生だ、見事なものだな」
少女が感嘆したように口を開く。
艶と輝きのある白髪、青く澄み切った蒼穹の瞳、雪よりも白い肌を持ち、可愛いというより、綺麗という言葉が似合う幼いながらも凛々しい少女だった。
少女の口調はきっぱり、あっさりとしていて、女らしくも子供らしくもない。
この幼い少女の名はリーヴリクス・オルサ・マグヌス・ガルディア……遙か悠久の昔から北方大陸全域を支配し続ける神人の国ガルディア皇国の第一皇女だった。
「…………」
修道女は瞳を閉じて無言で、左手の五本の指だけを巧みに動かし続けている。
「フィニッシュ〜」
言葉と共に、修道女が左手首を捻ると、人形が三回転半ジャンプ(トリプルアクセル)して、華麗にテーブルの上に着地した。
「おおっ、華麗だ……」
リーヴは人形の見事な演技を拍手で讃える。
「はい、アリス28号ちゃん、お辞儀〜」
「〜〜〜♪」
人形は両手でスカートの裾を摘むと、上品に頭を下げた。
「むう、相変わらずとても可愛いな……」
「うふふっ、じゃあ、次はあなたの番ね。このアリス28号ちゃんがあなたの練習の成果をテストしてあげるわ〜」
修道女……リーヴの家庭教師にして人形術の師匠であるディアドラは、とても楽しそうに微笑する。
彼女の操る人形……アリス28号は、両手を前方に持ってくると、シュッシュッと素早いパンチを繰り出し続け、万全の戦闘態勢を示した。
「うむ、お相手願おう……その力見せつけろ、冥姫(くらひめ)!」
リーヴは、テーブルの上のアリス28号に向けて一体の人形を放る。
黒いワンピースに白いエプロン……メイドの衣装を纏った白髪の人形は大地(テーブル)に着地するなり、両手で持っていたモップでアリス28号に襲いかかった。
「甘い〜」
アリス28号はひらりと軽やかにモップの一撃を避け、冥姫の背後に回り込む。
「くっ!」
冥姫が方向転換するより速く、アリス28号は体当たりするようにして肘打ちを冥姫の背中に叩き込んだ。
吹き飛んでいく冥姫の前に、瞬間移動でもしたようにアリス28号が出現して待ち構える。
「なっ!?」
アリス28号は、冥姫をボールのように上空に蹴り上げた。
さらに、後を追うように自らも跳躍し、空中で追いついた冥姫をさらに上空へと膝蹴りで打ち上げる。
「アタック〜!」
トドメとばかりに、上昇していく冥姫を、先回りして待ち構えていたアリス28号が組んだ両手を鉄槌のように冥姫の腹部に打ちつけた。
冥姫は凄まじい勢いで地上(テーブル)に激突する。
「これで終わりだっ! アリスシャイン!!!」
アリス28号の全身から神々しい閃光が放たれ、冥姫に直撃すると大爆発した。
「ああ、冥姫!?」
「ビクトリ〜!」
もっとも、大爆発といっても、あくまで人形を人間に、テーブルを大地に見立てたスケールでの話である。
リーヴは、ボロボロな姿でテーブルから弾き飛ばされた冥姫を抱き上げる。
「先生、酷い……というか狡い! なんで先生のアリスだけ飛び道具が……闘気砲が撃てる!?」
「あら〜? アリスシャインはあくまでトドメの必殺技、敗因は違うことはあなたなら解っているでしょう?」
ディアドラは、アリス28号にテーブルの上で勝利のダンスを踊らせながら言った。
「うっ……スピードが……動きの細やかさが違いすぎる……こと?」
「正解〜、リーヴちゃんが優秀な生徒で先生とっても嬉しいわ〜」
そう言って、本当に嬉しそうに笑う。
「だが! 操るスピードはともかく、私は両手で操っているのに、片手で操っている先生の方が動きが細かいのは納得がいかない……」
「そうね、一番は経験の差だろうけど、器用さ……センスの差もあるかもね?」
アリス28号はテーブルから飛び離れると、ディアドラの左肩の上に座るようにして着地した。
「うっ……私には人形師としての才能(センス)が無いと……?」
リーヴは悔しそうに顔を歪める。
「落ち込まない落ち込まない〜、あくまで適性の話なんだから。それに、『人形師』としての適性はある意味、私よりバッチリあるんだから〜」
「えっ……?」
「うふふっ」
ディアドラは頬杖をつくと、意味深な微笑を浮かべた。
「いい、リーヴちゃん? 人形師と一口に言っても、正確には二種類存在するのよ」
「二種類?」
「そう、人形を『創る』者と、人形を『操る』者よ」
「あっ……」
「気づいたみたいね。リーヴちゃんは操るより創る方が好きで得意、私は創るより操る方が好きで得意、たったそれだけの……そして決定的な違いなのよ」
「…………」
確かに思い当たることがある。
人形を操るより創っている時のが楽しいし、操るより創る方が上手くできた。
「この人形師としての適性分けを、『創師(そうし)』と『操師(そうし)』と言って……言葉にすると同じ『ソウシ』だけどね……私みたいな操師は人形師じゃなくて『人形使い』と区別して呼ばれることが多いわ。つまり、リーヴちゃんの方が正真正銘人形師の中の人形師なわけね〜」
「…………」
リーヴはディアドラの言っていることの意味を明確に理解する。
つまり、人形師というのは厳密には、人形師(創師)と人形使い(操師)の二種類いるということだ。
「基本的にどんな人形師でも必ずどちらかに属しているわ。例外、両方の適性(才能)を持つ者なんていな……一人しかいないわね……」
ディアドラは最後の部分を言い直した。
「一人いるのか? そんな天才が……」
「ああ、あんまり気にしなくていいわよ、アレは例外中の例外だから……」
「…………」
そんなことを言われたら、なおさら気になってしまう。
「うふふっ、正直ね、気になって仕方ないって顔しているわよ。いいわ、教えてあげる……最初の人形師(ファースト・ドールマスター)にして起源前(きげんぜん)の魔女……アリス・ファラウェイよ」
人形極めし者(ドールマスター)ディアドラ・デーズレーは、珍しくシリアスな表情でその名を口にした。



其処は現世(うつしよ)と幽界(かくりよ)の境界。
天上の花とされる曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲き乱れる常世の国。
その常世の国に、今、一人の修道女が足を踏み入れた。

「あらら〜、やっぱりダルクは『弾かれ』たみたいね」
修道女……ディアドラ・デーズレーは、常世の国に足を踏み入れた瞬間、姿を消して自分の傍にいたはずのダルク・ハーケンの『存在』が消えたことに気づいた。
「曼珠沙華 (1)天上に咲く花。白くて柔らかく、見る者に悪を離れさせる働きがあるという。(2)ヒガンバナの別名……」
頭の中の辞書(記憶)から曼珠沙華についての情報を瞬時に引き出す。
「まあ、常世の国……いや、黄泉の国に相応しい花かもね〜」
ディアドラは足下の一面の曼珠沙華を踏みつけないように器用に歩いていた。
「ん? なるほど、ここから先は常世の中の『常夜』なわけね……なんてふざけた世界……」
今は真昼だったはずなのに、一歩先からは完全な『夜』になっている。
昼と夜の境目がはっきりと目に見えているのた。
ディアドラは常夜に踏み入り、軽い足取りでどんどん進んでいく。
「アリスちゃん、遊びましょう〜♪ ファラウエイ(遠い昔)のアリスちゃん、居ないの? 最古よりも古き魔女、一番最初の人形師、この世でもっとも年寄りな幼……つっ!?」
突然、ディアドラの目前で九つの閃光の大爆発が起こった。
起こったことをより正確に言うのなら、突然飛来した九つの光の槍を、ディアドラが手に持ってすら居なかった長尺刀『砌』を瞬時に召喚して、迎撃したのである。
「ふう、危ない危ない〜。もしメディアちゃんから砌を返されてなかったら確実に逝ってたわね……クロスランサーなんかじゃとても反応が間に合わなかっただろうし……」
ディアドラは砌を赤い長鞘へと一息で納刀した。
長尺刀である砌は本来居合いなどに適しているとは言えず、ディアドラやメディアのような熟練者でなければ、一息で抜くことすら難しいだろう。
まして、メディアのように抜いたのが認識できない程速く抜刀と納刀を行うなど神業だった。
ディアドラに至っては、そのメディアよりもさらに鋭く、正確で、速い太刀筋をしている。
彼女の太刀筋には、メディアのような荒々しい激しさ、無駄と隙が存在せず、、ただひたすら研ぎ澄まされたような静かな鋭さだけがあった。
「こんな真夜中に訪問するなんて礼儀を知らない子」
何処からともなく聞こえてくる気怠げな少女の声。
「うふふっ、夜分遅くにお邪魔してごめんなさいね〜。でも、此処は常夜……夜がいつまでも明けずに続く……永遠の夜の世界じゃない」
いつの間にか、ディアドラの前方を深い夜霧が立ちこめていた。
「ええ、そうよ。昼と夜は私が決めるの」
夜霧の中から、何かがディアドラへと近づいてくるのが解る。
「なるほど、夜になったら眠る、朝になったら起きるんじゃなくて、眠くなったら夜の領域に入るわけね?」
「ええ、、だって此処に時間の概念(流れ)なんてないもの。だから、本当は『夜』も『昼』も無い。どっちも私が用意したモノ、私の昼と夜の行き来でこの世界に時間の経過……『一日』が生まれるのよ」
そして、夜霧の中から一体の人形が現れた。
身長95〜100センチの人間の子供ぐらいの大きめな人形。
左右に細い赤いリボンを結んだストレートロングのブロンドの髪、瞳は黄金でできていて、人間の瞳とは明らかに異なる輝きを放っていた。
身に纏っているのは、薄い黒の単衣(ひとえぎぬ)だけで、裾の長さは膝までもなく、一応赤い帯を締めてはいるものの胸元も裾もだらしなく乱れている。
髪と瞳の色と、着物のギャップのせいで、極東人形なのか、西方人形なのか、判断の難しい人形だった。
「髪も着物も見事な寝乱れ具合……もう少し大人だったら色気もあったでしょうけど……そのお子様以前な身体じゃ、ただ単にだらしないだけね〜」
ディアドラは人形の姿形を一瞥して、意地悪く微笑する。
「ほっといて頂戴……」
「あ、でもそういう趣味の人も……」
「もう一度、コレを投げつけてあげましょうか?」
人形が細く長く鋭い黒爪を生やした右手を頭上にかざした。
すると、掌の上に光り輝く黄金の『槍とも杖ともつかない奇妙な長物』が出現する。
長物はよく見ると、先端は螺旋状に渦巻くような形をしており、全体に様々な種類の宝石が無数にちりばめられていた。
「どこからそんな物騒な物を拾ってきたの? 九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)……遙か昔、勇者(女)が魔王(女)との戦いにおいて、己の命と引き替えに使った最強最後の武器……元を正せば……」
「よく知って……ん? もしかして、あなた、『ドールマスター』? テオゴニア持ってる?」
「あら、まだ気づいていなかったの? ほらっ」
ディアドラは右手の上に聖書らしき分厚い書物を出現させる。
「なんだ……道理で此処に来られたわけね……ちょっと反則な気がするけどまあいいわ……私と出会ったと言うことは願いがあるということ……さあ、望みを言いなさい、どんな願いでも叶えてあげるわ……」
「あら? 別に無いわよ、願いなんて」
嘘偽りなくきっぱりとそう答えた。
「はああ〜っ? じゃあ、あなた何しに来たのよ? 『魔女』に対して、願いを叶えてもらう以外に用があるわけが……はっ! まさか、魔女狩りっ!?」
人形……改め魔女は、宙に浮かせたままだった『九蓮宝燈』を右手で掴んだ。
「それこそまさか、ファースト・ドールマスター……ご先祖様に手を出すわけないでしょう。大体、ただのドールマスターに過ぎない私如きが『人類史上最古の魔女』であるあなたに敵うはずもないじゃない〜」
ディアドラは敵意のないことを示すように、両手を上げて見せる。
「『最古の魔女』の称号なら昔飼ってた黒猫にくれてやったわ……あなた『達』に『ドールマスター』の称号と副賞として『テオゴニア』をあげたようにね……」
魔女は黄金の瞳でどこか遠くを……遙か悠久の過去でも見つめているかのようだった。
「それに、魔女の定義、概念が変質した今ではなおさら、あの子……黒猫が最古、最初で正しいのよ。ドールマスターも同じ、私から見たら二代目(セカンド)があなた達の『始まり』よ。私は今の定義の『魔女』とも『ドールマスター』ともまったくの『別物』……この世で唯一人の『本物の魔女』なのだから……」
軽い苦笑混じりに言う魔女は、どこか寂しげに見える。
「……で、用件は結局何なの? 私は眠くてしょうがないんだけど……」
先程見せた寂しげな表情を一変させ、死ぬほど眠そうに欠伸をしてみせた。
「用件? ああ、別にないわ〜。ちょっとあなたに会ってみたかっただけ〜♪」
「……ドールマスターの系譜ここで潰えるか……まあ、それもまた一興ね、テオゴニアは回収して枕にでも……」
「待って待って! 冗談よ……もう、そんな魔王殺し、ただの人間に投げつけようとしないで欲しいわ〜」
ディアドラは両手を突きだしてストップストップといった感じの仕草をする。
「ただの人間ね……まあ、ドールマスターは代々の知識と記憶、身につけた能力を全て伝承こそするものの、一応身体は人間基盤(ベース)だったわね」
元々、ドールマスターとは、マスターズなどという歴史の浅い組織の称号ではなかった。
魔女が自らの持つ人形術の知識と技術を伝承させた者、それがドールマスターの始まり。
人形術の知識と技術、おまけとしてテオゴニアの所有権と管理義務を代々継いできた者達、それがドールマスター。
「神剣の契約者とかみたいな超人、超越者でもなんでもない、私は正真正銘、普通の人間に過ぎないわ〜」
「……そうね、『歳』をちょっと弄れるぐらいの普通の人間よね」
「うっ……」
魔女が悪戯っぽい微笑を口元に浮かべる。
「見た目通りの歳じゃないでしょう、あなた」
「うふふっ、乙女に歳を聞くものじゃないわ、お婆ちゃ……つっ!」
再び、九つの閃光の大爆発が巻き起こった。
魔女が九蓮宝燈を投擲し、ディアドラがそれを砌で迎撃したのである。
「この身体の設定年齢は九歳、つまり、私は永遠に九つの無垢なる乙女……理解した? 次は『本気』で投げるわよ……」
投擲したはずの九蓮宝燈は不思議なことに魔女の右手にしっかりと握られていた。
「理解したからもうやめてよね〜、私はどこかの魔王みたいにその槍で『封殺』されたくないわ〜」
「安心していいわ、物理的に無敵に等しい魔王だからこそ、九蓮宝燈の破壊力でも滅せずに封殺されたのよ、普通は跡形もなく消し飛ぶだけだから……」
「…………」
魔女は九蓮宝燈を背後の夜霧の中に投げ捨てる。
「……とにかく、私はもう寝かせてもらうわ……用があるなら、また『明日』出直して……ふわぁ〜……」
魔女は欠伸をしながら後退して、夜霧の中に消えていった。
ちなみに彼女は裸足であり、常に地面から僅かに浮いていたのである。
花を踏まぬためか、歩くのが面倒なのか、理由は不明。
「……『明日』ね……」
朝の来ない(存在しない)、時間のない世界に明日などあるのだろうか?
「やっぱり、彼女が起きたら明日なのかしら? まあ、久しぶり……ディアドラ・デーズレーとしては初めて『魔女』様に会えたことだし……良しとしましょう〜」
ディアドラは、何もない空中に、まるでそこに見えない椅子でもあるかのように腰かけると、手にしていた聖書を開いた。
「後は待っていれば物語は始まる……うふふっ」
聖書のページが独りでにパラパラとめくれていく。
「……『裏番組』の方もちゃんとチェックしないとね……まあ、こちら(極東)より向こう(中央)の方が面白いということはないと思うけど……一応ね〜」
ディアドラは、聖書を通して、海を隔てた遙か遠方の地へと『意識』を向けるのだった。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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